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バービー人形ミニチュア家具に基準を上回る鉛

  1. 2007/09/05(水) 15:12:43|
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米玩具大手マテルは4日、同社が販売した中国製玩具に基準を上回る鉛を含んだ塗料が使われていたとして、全世界で計約84万セットの商品を自主回収すると発表した。

女児向けキャラクター人形「バービー」シリーズ向けのミニチュア家具などのアクセサリー類や男児向けの玩具などで、米国向けが52万2000セット、米国以外向けが32万2000セットに達する。

マテルの日本法人によると、日本国内で回収の対象になるのは「バービーのお部屋セット」として今年3月から8月にかけて出荷したミニチュアのペットや家具など3440個で、バービー人形は対象外。

バービー
マテル社の創業者であるルース・ハンドラーがスイスへ旅行へ行った際に、娘のバーバラへの土産に購入したセクシードール、リリ(Lilli)が元になっている。そのため、極端なプロポーションを持っている。

初期のバービーは日本で製造されている。当時、日本はアメリカに比べ人件費が安く、繊維産業が盛んであり人形本体と衣装とをまとめて発注できるという理由から、日本での生産が決まった(1970年代から、東南アジアでの生産にシフト)。山一商店・中嶋製作所・セキグチなど、現在の着せ替え人形製造の中心をになう企業がバービーの生産に携わった。

1959年3月9日発売開始。アメリカで売られていた着せ替え人形が 2 ドル代だった中で、『安かろう悪かろう』と言われていた日本製の人形に 3 ドルの価格を付けて販売したため物議をかもした。おもちゃ業界からは否定的な目で見られていたが、ファッショナブルで精巧なお人形は子供たちに支持され、爆発的に売れた。

現在までの全世界での販売数は10億体を超えるといわれる。

和製バービーの歴史
マテル社のバービーは、1962年に日本で販売されたが、当初から販売不振が続き、化粧や髪の色、衣装のデザインを日本人好みのものに変えるといった努力が続けられていた。 1966年の『ビートルズ旋風』に乗って売れ行きをのばしたが、翌67年のリカちゃん人形の発売によって打撃を受け、日本市場から撤退した。

1970年代後半に再上陸を果たすが、嗜好の違いから販売不振が続いていた。

日本人向けバービーの製作を迫られたマテル社はタカラと提携。1982年にバービー(タカラバービー)を販売した。タカラは一時、リカちゃんとバービーという日本の着せ替え人形の代名詞とも言える人形を両方とも販売していたことになる。1986年に提携解消。バービーはジェニーとして販売されることになった。

タカラとの提携解消に伴い、マテル社はバンダイとの合弁会社 ma-ba(マーバコーポレーション)を設立。マーバコーポレーションからバービー(マーババービー)が発売されたが、ジェニーと顔立ちが酷似しているとの理由で提訴される。1989年、販売不振からマーババービーの販売終了。

1989年、バンダイからマーババービーのフレンドドール、ソフィーを流用したバービー(バンダイバービー)が発売されるが、1991年に販売終了。経年変化により変色しやすい個体があったことが販売不振の一因と見られている。

それ以降はマテル社のバービーがバンダイから販売されていたが、2003年末をもってバンダイとの業務提携を解消。現在は、マテル社の日本法人マテル・インターナショナルからバービーが販売されている。


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